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ぷちくんの人生攻略話-9「お金の根源を稼ぐ」が人生を攻略する。

ぷちくんの人生攻略話-9「お金の根源を稼ぐ」が人生を攻略する。

【※注意※】

モノチプロジェクトは「元気」と「創造性」を世界に広げるプロジェクトであり、いかなる「政治、宗教、思想」に対しても中立な存在です。

当プロジェクトの企画・運営・原作者である「ぷちくん」は個人としての信念や人生哲学をもっており、それらに従って本プロジェクトもまた運用をしていますが、モノチプロジェクト自体は原作者の思想に対しても中立です。

その為、これらは「元気と創造性を世界に広げる」目的を達成する為の、役に立ちそうなアイデアの「紹介」という形式の記事であり、皆さまの人生方針やモノチプロジェクトをご利用する上で記事の内容を「参考」にするのは自由ですが、何らかの制限や強制を与える目的のものではありません。

また、ご利用の際はガイドラインを遵守し、「教育目的、紹介、軽いパロディ」を超えるような目的で本プロジェクトを「政治、宗教、思想」の表明に利用することは、ご遠慮くださいませ。

【「お金の根源を稼ぐ」が人生を攻略する】

皆様こんにちは。ぷちくんです。

皆様は普段、「お金」と言うものに対してどのような考え方を持っていますか?
人が日々生きていくためには、「お金」と言うものは必要不可欠であり、私たちは日々「労働」をすることによってこれらの報酬を得ています。

では、「お金」がどういった「根源」から生まれているか、深く考えた事はあるでしょうか?
今回は私なりの「お金」への考え方と、「お金を稼ぐ」ことよりももっと重要な「お金の根源を稼ぐ」という考え方について話をしたいと思います。

【お金とは?】

「お金」と言うのは、そもそも「欲求の交換」を円滑にするために生まれたものです。
大昔の人は、自分が持っているモノを、他の人が持っているモノと「交換」する物々交換を主流としていました。

自分にとっていらないモノでも、相手にとって欲しいモノがあり、相手にとっていらないモノでも自分にとっては欲しいモノがあります。
こういった互いの「差」を埋めることによって、協力し合うことでより双方の人生をより豊かにできたのです。

ですが、物々交換は次第に不便になっていきました。

人が増えれば増えるほど、「何がどれと交換できるのか」分かりませんし、交換をするのも当人たちの気分によって「あの人はいいけど、この人はダメ」とか、「昨日は良かったけど、今日はダメ」みたいなことが起きてしまうわけです。

これではあまりにも「非効率的」ですから、人々は「貨幣」と言う概念を生み出しました。

最初は貝殻だったり、宝石だったり、自然界の中にあるものを使っていましたが、次第にそれらは洗練され、徐々に現代で使われているような硬貨や紙幣といったものが生み出されていったのです。

人がたくさん集まって、市場で統一された形式のそれらを用いることによって、徐々にお金は「物事の価値」と言うものを「可視化」することができるようになります。

個人と個人では気分でしかなかった取引でも、100人1000人と集まっていけば、みんなの中の「価値観」というものが平均化されていき、そして物品の希少性や、それらを欲しがる人の総数といった「需要」と「供給」が一致することによって、「この商品はこの値段」といった値札へと収束していくのです。

これによって、お金は「それを持つ人がどんな人であっても、欲しいものを相場で買うことができる」という平等な力を人類に与えました。

人々は誰が何を交換してくれるか、その日の気分が優れているかどうかを気にすることなく、お金を握りしめて市場に行けば、自分が欲しいものを安定した金額で取引することができるようになったのです。

これは人間が文明を築く上で極めて重要なシステムであり、人類が互いを助け合う上ことを容易にする「人類の叡智」とも言える代物です。
お金、最高ですね。

さて、お金の成り立ちと仕組みについて簡単に話しましたが、要するにお金と言うのは「欲求の交換」を円滑にする為のものです。
言い換えると、これは「人が豊かに生きる手段の交換」でもあります。

私たちが沢山のお金が欲しいと思うのは、沢山あることによってあらゆる価値と交換できる可能性を持っている。
つまりは多くの「豊かに生きる手段」を持っているから「安心」をするのです。

もしあらゆる能力を持った友人知人が「いつでも助けになるよ!」と言ってくれたらどうでしょうか?
きっと心強いですし、安心するのではないでしょうか?
お金が持つ力は、それと同じことなのです。

ですが世を見渡してみても、多くの人はその力の「表面的な部分」の価値にばかりとらわれていて、「本質的な部分」を見失っているように見受けられます。

・なぜ「お金持ちなのに不幸になる人々」が存在するのでしょうか?
・なぜ「貧乏なのに幸せそうに生きている人々」が存在するのでしょうか?
・なぜ「愛する家族との時間」を減らしてまで必死に働き詰めるのでしょうか?
・必死に貯金をして、その人は一体「どんな幸福な経験」を得たのでしょうか?

お金ばかりを求める人は、恐らく見失ってしまっているのです。
「お金」とは単なる「力」の1つに過ぎず、「人生を幸せにしてくれる万能の魔法ではない」ということを。

自分にとっての「幸せ」が何かを理解し、それに見合うものに「交換」をする決断ができなければ、お金などいくらあっても「数字の描かれた物体」でしかありません。
私たちは「お金」のために生きているわけではなく、「豊かに生きるために、必要な分のお金が必要なだけ」なのです。

【お金の根源】

では今回の記事の本題に入りますが、私たちは「お金」以上に何を見つめるべきなのでしょうか?

それはすなわち「生きる力」です。

これは色んなものがあります。
「釣り」ができることも、「工作」ができることも、「家事」ができることも、そうです。
「人生を前向きに考えられる思考」も、「他者と助け合える関係性を築ける能力」も、「襲われた時に身を守れる力」も、そうです。
「お金を稼ぐこと」も、もちろんそうです。

「生きることに繋がる力」は、全て「生きる力」に当てはまります。

「お金」は各人が持つこれらの能力を交換し、流通させる機能があります。
しかし交換できる人や場所やタイミングは限られており、もし必要な時に交換できなければ何の価値もありません。
「健康体操」を知っているほうが、よほど毎日の健康には良いというものです。

「無人島」でお金を持っていて、何の役に立つでしょうか?
「釣り」ができる方がよほど役に立つでしょう。

「学校」でお金を持っていて、何の役に立つでしょうか?
「友達」がいる方がよほど役に立つでしょう。

「受験」でお金を持っていて、何の役に立つでしょうか?
「知識」がある方がよほど役に立つでしょう。

「説明会」でお金を持っていて、何の役に立つでしょうか?
「話術」の方がよほど役に立つでしょう。

「会議」でお金を持っていて、何の役に立つでしょうか?
「知恵」の方がよほど役に立つでしょう。

お金は普段あまりにも便利なので目がくらんでしまいがちですが、お金への絶対的な信頼と執着は大きな不幸の種です。
お金は交換してくれる人がいなければ何の意味もないことを、思い出さなければいけません。
お金の力が及ばない場所など、この世にはいくらでもあるのです。

だからこそ根源的な部分である「生きる力」を見つめ、それを稼ぐのです。

【誰もが稼ぐべき力】

では沢山ある「生きる力」の中で、私達は特にどんな「力」を稼ぐべきでしょうか?
全ての力を稼げるならそれに越したことはありませんが、人生はそこまで長くありません。
とりあえず稼いどけば間違いない力の一つが「お金」であることも、間違いありません。

では「お金」と同じか、あるいはそれ以上に稼ぐ価値のある「力」は他に存在するのでしょうか?
私はそれについて、このように考えています。


それは「感謝」です。


「感謝」は「お金」よりも根源的な力であり、勝るとも劣らない価値を有していると思っています。
縄文時代の人々はお金が無くても生きていけたでしょうが、感謝がなければ生きていけなかったでしょう。

「感謝」とはつまり、生きることを手伝ってくれたことに対する、心に湧き起こる感動です。
「感謝」という物質はありませんが、これは人の心に存在していて、世の中に確かに流通している価値の一つです。
言い換えれば「奉仕」に対して発生する「精神的な貨幣」であり、自分の持つ力を与えることによって、人々の心に蓄積される「見えない貯金」のようなものです。

「お金」は確かに便利ですが、沢山あれば人の妬みや悪意も惹き付けてしまいます。
一方で「感謝」は幾らあっても困らず、誰かに奪われることもなく、困ってる時には助けてくれる動機になります。

「お金」は自由に取り出せて便利に交換できますが、使ってしまえばそれで終わりです。
「感謝」はお金のように自由に取り出したりはできませんが、あなたに深い恩のある人はあなたに決して悪いようにはしませんし、それどころかあなたの良い噂を知り合いに語るでしょう。
自らが「感謝」を抱けば相手を大切にできますし、何事も有難く感じ、その人や物事に対して良くしてあげる為に知恵さえ出てきます。

「お金」があれば豪華な家を買って一生暮らせますが、「感謝」があれば友人達の家に一生招かれ続け、そこで笑いながら暮らせます。
「お金」は社会を効率的にしますが、「感謝」は社会を形成する上で必須の要件であり、人と関わる上でも必要不可欠な要素なのです。

あなたの人生の頼もしい隣人や友情は「お金」で育てるものではありません。
力を貸し合った経験の結果生まれる、「感謝」によって育まれているのです。

だからこそ「金を稼ぐ」ことばかりではなく、「感謝を稼ぐ」ことも意識することが、誰にとっても人生を豊かにしていける行動なのです。

【感謝を稼ぐ方法】

では「感謝」とは、どう稼げば良いのでしょうか?

もし「お金」が沢山あるのであれば、貯め込まずに世の為になる投資やビジネスをするのがいいでしょう。
もし「才能」が人よりあるのであれば、腐らせずに人々を喜ばせる為に使うのがいいでしょう。
もし「人より秀でたものが無い」と感じても、「親切」を行うことで感謝を稼ぐことができます。
黄金律でもありますが、「自分がされて嬉しいことを他人にもしてあげる」ということをすればよいのです。

簡単にできる親切の例を挙げてみましょう。

・「笑顔で挨拶をする」
・「やってもらったことにお礼を言う」
・「困っていれば手伝う」
・「ゴミが落ちていたらそれを拾いゴミ箱に捨てる」
・「落とし物があれば交番に届けてあげる」

これはやろうと思えば誰でもできる「親切」ですが、やることによって「感謝」を稼げます。
仕事を探してお金を稼ぐよりもずっと簡単ですが、お金では買えない効果があります。

関わる人々に親切にし続ければ、人々はあなたへの感謝の気持ちで好意的になってくれるでしょう。
社会に対して親切にし続ければ、直接返ってくるものは無くても巡り巡って社会は良くなります。

例えば「落とし物の財布」を見つけたとして、このように考えてみて下さい。

もしあなたが「お金」欲しさに財布から中身を抜き取れば、あなたは確かに僅かな「お金」を得ますが、後ろめたさを心に抱える上に、財布を無くした人は世の中の冷たさに唾を吐き、誰かの落とし物を見つけても知らんぷりをするようになるでしょう。
それはいつか、「あなたが財布を無くした時」にも返ってくることです。

もしあなたが「感謝」欲しさに財布を交番に届ければ、あなたは「良いことをしたなぁ」と、その日は満足感に包まれます。
財布が見つかった人は安心しますし、「世の中にはこんなに親切な人がいるんだな」と感動し、顔も知らないあなたに対してどこかで感謝の祈りをするでしょう。
そして「自分も誰かの財布を見つけたら、交番に届けてあげよう」と言う気持ちを、見ず知らずの誰かに芽生えさせるきっかけになるのです。

総合的に考えて、どちらが「人生にとってお得」でしょうか?
あなたはどのように感じますか?

【親切は賢く与える】

感謝を稼ぐことは素晴らしいことですが、もしあなたが親切を行って感謝を稼ごうと思った時、そのやり方には注意をしなければいけません。

もし、隣人に笑顔で挨拶をしても、あなたは安全でしょう。
もし、募金箱にお金を入れても、あなたは安全でしょう。
もし、財布を交番に届けても、あなたは安全でしょう。

ですが、「路上の乞食にお金をばら撒けば」、どうなるでしょうか?
乞食はすぐに群がり、あなたの顔など見てはいないでしょう。
そして、その光景を見ていた別の誰かは邪な気持ちを抱き、あなたは誘拐され、財布を奪われ、殺されるかもしれません。

これは「愚かな親切」です。

世の中には心の貧しい人や、怠惰な人、悪意に満ちた人もいます。
そういう人は世の中を良くしたいと思っていないどころか、自分の快楽の為に周りの大勢に犠牲を強いようとします。
彼らは力を得ても世の為に使わず、ただ自らの快楽を高めることだけに使われ、力を使い果たした後には暴れ、最後には世を腐らせるのです。

だからこそ、あなたが親切なことを行うのであれば、それがどのような結果になるかを考え、賢く与えて下さい。
もしあなたが会社を経営しているなら、路上の乞食には「お金」ではなく、「仕事」を与えるべきなのです。

なぜならあなたには「仕事を用意できる」という力があり、それはお金よりも根源的な「生きる力」なのです。
路上でメモ帳を切り取って連絡先を書き、乞食の人にそっと渡して立ち去るのです。

誰かがその光景を見ても、誰もあなたを襲わないでしょう。
ですがメモ帳を貰った乞食の人の誰かは、あなたの元へやってきて、あなたの仕事を手伝います。
そうした対価として給料を支払えば、乞食は「お金」を得たのみならず未来への「希望」を持つことができ、あなたは結果として「労働力」と「感謝」を得たことになります。

私達が「お金の使い方」を慎重に考えるように、「親切の使い方」も慎重に考えなければいけないということです。


さて、「お金」や「感謝」について色々と語りましたが、結局大事なのは「生きる力」ということです。
「生きる力」は見えるものも見えないものも色々とありますが、沢山持っていれば人生を様々な角度から支えくれます。

もしこれが「お金だけ」にこだわっていたのなら、これらのバランスを欠くことでいつか躓いてしまうでしょう。
どんな「力」が人生を豊かにするのか、それを常に考え、稼いでいくことが、私達の人生をより豊かにする考え方なのです。

【誰もが既に億万長者】

そして最後に最も大切なことですが、私達は既に「億万長者」なのです。

これまでに挙げたような「生きる力」とはどのように稼ぐのでしょうか?
汗水たらして働いたり、考えたり、勉強したり、練習したり、そういったことが必要になりますよね?
それってつまり何と交換されているのでしょうか?

「時間」です。

私達は「自分の人生の残り時間」というものを使って、これからの人生の為の「生きる力」を稼いでいるのです。

人は毎分「60回」ずつ心臓を鼓動させており、生涯で「20億回」ほどの心拍活動を行うと言われています。
これは私達が何をしていても消費されている資産で、使えば二度と取り返すことはできません。
この力は奪うことも与えることも出来ませんが、自分の意志で何にでも変えることができる力です。

若ければ若いほど、多くの「時間」という資産があります。
誰もが既に億万長者であり、あとはそれを何に変えるかだけなのです。

あなたは今日、何を稼ぎますか?

【最後に】

今回の話も楽しんで頂けたでしょうか?

この「ぷちくんの人生攻略話」シリーズでは、「人生を豊かにし、皆で人生に勝つ」ために役立つ話を展開していきます。
それらは精神的な部分も含め、ありとあらゆるジャンルに渡って行っていく予定ですので、ご期待ください。

面白ければぜひ「拡散」や「登録」などで応援して頂けますと幸いです。
皆様の「意見」「感想」なども良かったら書いていって下さいね。

それらが集まることで、色んな視点から「気づき」を得るきっかけになるかもしれません。
共に人生に勝利しましょう!それではまた!

Win to Life together.


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