夢の塔

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遥か遠方に聳える塔は人類の塔なり、積み上げた進化の証は天空を貫く、しかしそれが天へ届くことはない。

ここに一人、星をみる男がいた。毎夜毎夜、望遠鏡を覗いては、星を感じて手を伸ばす。
彼は屋根に上り、灯台へ上り、山へ登った。しかし星を掴むことはできず、彼は飛行船に乗った。
しかし星には届かず、男はまた地面の上から星を見た。

ここに一人、空をみる女がいた。毎朝毎朝、天を見上げては、広がる虹へと走っていた。
彼女は街を走り、大地を走り、山をも越えた。しかし虹へは近づかず、彼女は海を渡った。
しかし虹には届かず、女はまた地面の上で空を見上げる。

男は塔を見た、その姿はまるで天から垂れる一本の糸。
女も塔を見た、その姿はまるで天へ繋がる一本の橋。

男は塔へ行き、女も塔へ行く、二人は塔の麓で出会った。
「俺はこの塔の頂上で星を掴む」
「私もこの塔の頂上で虹を掴む」

登れ、二人を動かす衝動は二人を天へと駆り立てる、塔中二人は語らい恋に落ちた。
夢を追うもの二人、その足で地を蹴り、その手を掲げる。
塔を登り続けて日が進み、やがて月を越え年が過ぎる、塔が二人の世界であり、頂上こそ二人の全てとなった。
何年歩いても頂上は見えず、二人はやがて子を産んだ。
地上はどんどん広く見えていったが、塔の終端は見えぬまま、子は成長し、二人は老いた。そして

二人は死んだ。

子供は四人になっていた、子供達は両親の夢を果たそうと、塔を登った。
塔から見える景色と、両親から聞いた話だけが四人の全てとなった。
四人は何年も登り続け、やがて子を産んだ。
子は成長し、四人は老いた。
父母と同じ運命を辿るのか、そう嘆く者がいた。
頂上を目指すことこそ人生だ、たどり着くことが目的ではない。そういう者もいた。
諦めなければ辿りつく、そういう者もいた。
喜怒哀楽全ては塔の中で完結した出来事であったが、やがて彼らは辿りついた。

塔の頂上だ。

そこからは星が真近に見え、虹に触れそうなほど近いところだった。
誰かが喜んだ、あれほど待ち望んだ頂上に着いたと。
誰かが絶望した、やはり天には届かなかった。これ以上登る術もない、と。
そして誰かが見つけ、叫んだ。
「下を見てみろ!」
雲の切れ目、その下には無限の大地や海が広がっていた。
街の灯りはまるで無数の星のよう、地上にはどこまでも走っていける世界があった。
それが皆には一つの宇宙に見えた。

空を見て育った彼らは地上の味を知らない、下を向くことが無かったからだ。
老いた彼らは死に、子供が八人残った。
やがて彼らにとって天は当然となり、地上が夢となった。
「行こう、あそこには届く」
誰かが塔を降りることを決意した。

何世代に渡って繰り返されるであろう夢の連鎖、地上から見上げる空、天から見下ろす地上、どちらも輝いて見えるが、自分の居場所の輝きを知るものは少ない。
新しい景色を求める旅人は増え、やがてその塔は「夢の塔」と呼ばれた。
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